スポーツのパワハラを時事問題として考えてみよう

スポーツにおけるパワハラが度々メディアで話題になりますが、ただ「許せない」だけでは議論になりません。背景や社会の仕組みなど、様々な点からこの問題を考えることが大切です。インタビュー形式で色々な観点からスポーツのパワハラ問題を見てみましょう。

スポーツのパワハラを時事問題として考えてみよう

相次ぐスポーツ分野でのパワハラ問題、あなたはどう考えますか?

現在、メディアを賑わせている話題のひとつがスポーツにおけるパワハラ問題。パワハラ問題が報道されるたびに、「許せない」「自分にも経験がある」「仕方ない」など様々な声が飛び交います。このスポーツにおけるパワハラ問題は多くの人に知られているため、就活の時事問題としても使われる可能性が高いテーマです。

大学生の酒井君も、スポーツのパワハラ問題に関心の高い一人。どのように考えると良い意見を出せるのか、知人の経営コンサルタントのK・エーイさんに尋ねてみました。

スポーツのパワハラを議論する前にまずは「パワハラ」を定義

野球場のホームプレート

―エーイさん、おはようございます。就活サークルで今度、「パワハラ」について議論しようと思うんですけど、ちょっとご意見を伺いたいです。

酒井君、おはようございます。パワハラですか。特にスポーツ分野で今は話題になっていますよね。

―はい。時事問題のテーマとして最適かなと思い、就活サークルの今度のディスカッション練習のテーマにしようかと思っています。でも、話の持っていき方を工夫しないと「いけないことだよね」で終わってしまいそうな気がして。

ああ、ありそうですね。多くの人が感情的には許せないと感じるのでしょうけど、意見が固まってしまうと広がらないですものね。

―で、どのように考えるとこのテーマで議論がしやすくなるのかなと。

なるほど。じゃあまず、議論のためのテーマをちゃんと定義しましょう。たとえば今回なら、「スポーツ分野におけるパワハラ」とはどういうことかをまずちゃんと決めることですね。

―え?それって必要なんですか?

話し合いがあちこちに行かないためにとても重要なことですよ。「パワハラ」って言っても、仕事の押しつけから始まって、イジメみたいなものもあれば、セクハラに通じるようなものだったり、お金が絡むようなものまで様々です。異なる問題を同じように扱うと、議論が活発なようでそれぞれ言いたいことを言っていてまとめられなくなるんです。

―なるほど~。「パワハラ」って普通はどういう意味で使いますかね?

そうですね、簡単には「権力を盾にした不快を与える言動」でしょうね。意図的にやっている場合や意図的でない場合もありますのでいわゆる「イジメ」とは少し違うと考えた方がいいかもしれません。

―では、スポーツにおける「権力を盾にした不快を与える言動」について議論しましょうということですね。確かに、そう捉えると何を考えるか明確で、考えやすくなったような気がします。

今のスポーツ界はパワハラの温床なのか

長距離を走る男性

まず、スポーツ分野でパワハラが注目される理由について考えてみましょうか。

―そうですね。きっと会社などでもパワハラがあると思うんですけど、最近はスポーツで多くなってきましたね。

酒井君はどうしてスポーツでパワハラが多くなったと思いますか?

―うーん、SNSとか、武器ができたからでしょうかね。告発しちゃって火が点けば、あとは世論を味方にして何とかなってしまうような気がしますし。

なるほど。確かにそういう面はありますよね。アメフトのタックル事件のように衝撃的な出来事があって、一層広がったような気がします。これはニュースとして広がった理由ですね。

―注目される理由って他にどういうことを考えたらいいんですか?

ジャーナリズム上は、ニュースとして注目されるためには社会的な意義がないといけないんですね。今回の件なら、ある程度部活動などの経験者が感じる「縦社会」にメスを入れるというのがあるのかなぁと私は見ています。

―それが社会的な意義があることだと。

はい。もちろん悪いことばかりではないのですが、戦前戦中からの軍国主義の名残が色濃く残っているのがこうしたスポーツ分野であり、次が企業じゃないかと思うんです。「一軍、二軍」なんて呼んだりするのはその名残です。身体能力の向上や、軍人の育成のためにスポーツが行われていた時期もありますから。

―平成生まれの世代には、ちょっと実感が湧きにくい話ですが、そういう過去もあったんですね。

表立って戦争や戦闘ができなくなってきましたが、人間は戦うことに対してエンターテーメント性を感じる生き物でもあります。だから昔から格闘技や様々な競争が見世物としても人気がありました。そして戦争などは多くの人を巻き込み、多くの人の意識を高揚させ、連帯感を生み出すという側面がありました。だから強い国、良い国は例外なく戦争に強かった時期があります。その戦いの舞台が今はスポーツや企業活動になっているんですね。

―確かに、オリンピックやサッカーのワールドカップなんかはある意味国家の戦いみたいな雰囲気ですよね。

はい。そこには「勝利を目指す」という目的が純粋にも不純にもあります。すると、勝利をもたらすことのできる人に権力が発生します。そこから生まれた上下関係がパワハラにも繋がります。

―よく言われる「勝利至上主義」ってやつですね。

「勝利至上主義」をその権力者が持っているかは別として、周囲は勝利を期待し、その権力者に期待します。すると、権力者に逆らう者は排除されるようになりますから、勘違いして王様のようになってしまう人もいるのかなと。

―だから、スポーツはパワハラが起こりやすいんですか?

スポーツだけではないでしょうが、スポーツは明確に「勝敗」が結果で出ます。すると、クラブだけでなくスポーツ少年団のような身近なものまで、話したような権力構造が作られやすいので、そういう点では他分野よりもパワハラが起こりやすいんでしょうね。

勝利がもたらすメリットがスポーツ界のパワハラを作った

スポーツで勝った男性

―スポーツは勝敗を気にするからこそ、パワハラが発生しやすいということなんですが、なぜ最近になってこれがより大きな話題になったんでしょうか。

きっと、ひとつの理由にスポーツ人気の高まりから、「勝利がもたらすメリット」が大きくなったからではないかと思います。

―スポーツの勝利がもたらすメリットとはどういうことですか?

たとえば、わかりやすいのはプロ選手がもらう「賞金」ですよね。そして、プロでない学生だとしても勝利をもたらす、チームに重要な能力があると見れば「特待生」として有名校に入学できたり、様々な生活上の支援もしてもらえたりします。

―なるほど。こういうメリットが昔よりも充実していると。

はい。メリットが充実していることもありますし、周囲が逆に不景気な様相を見せているためにより輝かしく見えるのでしょうね。

―確かに、昔と比べて野球やサッカーの年俸の話ってどんどん額が大きくなっていますよね。

このスポーツ分野は完全にインフレしてますよね。資金調達手段が多様化してきたこともあるんでしょうけど、すごいもんだと思います。他スポーツにもお金を獲得するノウハウ的なものが少しずつ広がってきていて、特定の種目だけという状況でもなくなってきています。

―だからこそ、お金の元になる「勝利」を生む選手や指導者により権力が発生するんですね。

そういうことですね。また、より厄介なものに「ブランド意識」もあって、いわゆる名門校っていうのはそれだけでいろんなメリットがつくブランドだったりします。「甲子園常連校」出身なら、本人の実力はさほどでもなくとも野球教室などで人を集める力がありますし、またそういう学校の出身者というだけで就活市場でも高く評価される場合があります。

―なんだか学歴みたいですね。

ある意味ではスポーツは学歴より強いですよ。夏の甲子園に出られる高校生は、毎年東大に受かる人数よりも少ない希少な人であり、多くの観衆の前で何かをした経験を持ち、またそこに向けた厳しい訓練に耐えてきた人で目標意識も高いですから、実際社会でも有用な人材である可能性は高いんです。

―なるほど。ブランドに恥じない活躍をするわけですね。

そうです。だからこそ、スポーツでブランドを持っているところでは、そのブランドに傷がつかないように気を遣うわけです。最低でも達成するべき目標も高く、その後の進路なども徹底的に世話をします。これをしっかりしてくれる指導者に、権力やお金が回ってくるような仕組みがあります。

―そうなんですか?知らなかった。

だから、野球の有名校のスカウトは、新入生をスカウトする際に、選手本人ではなくまずその指導者を接待したりして攻めるんです。で、指導者はスカウトに有望な選手を紹介する。選手の親やチームメイトからは指導者が非常に尊敬され、目をかけてほしくて色々する人が出てくる、こういうサイクルもあるんですね。

―日本は海外に比べて部活動も盛んですが、パワハラも多いそうです。ただ練習の現場だけでなく、スカウトの時点からそういう温床があるということなんですね。子供たちもちょっとかわいそうかも。

スポーツの現場にはお金と暴力と体罰がある

走る野球のチーム

―スポーツでもお金の話って、すごいたくさんあるんですね。そういう年代を通り過ぎたはずなのに、知らないことが多くて驚きます。

まあ、表立ってできることばかりではないですから、知らなくて当然ですよ。

―お金の問題はこのくらいにして、スポーツでは暴力や体罰の問題もありますよね。

そうですね。これも軍国主義的なパワハラの一環ですよね。権力者は従属する人に対して何をしても良いような感じがありますね。私の時代も殴る指導者はいっぱいいました。

―やっぱりこれもパワハラなんですよね?

そうですね、その根本に権力が関わっているならパワハラでしょうね。

―「権力が関わっているなら」ってどういうことですか?

たとえば、チームで遅刻したらスクワット100回とかルールが決まっているなら、もちろん限度はありますが、それはパワハラとは普通は言わないんです。ルールです。しかし、権力者に逆らったことでスクワット100回が命じられ強制されたならパワハラです。

―なるほど。そういう考え方なんですね。

だから、グレーになるというか、見えないパワハラもたくさんあるでしょう。権力というのも、いわゆる上下関係から生じるものは見えやすいですが、技術や能力から上下関係がない中で発生するものもあり、発見が難しいです。

―特待生が普通の選手に対して無茶振りするようなやつですね。スクールカーストなどと同じような感じで、中にいないとわからないところがありそうですね。

ええ。それで、そういう空気の中で権力の有無、上下関係をもっともわかりやすく見せるのが暴力なんです。普通は暴力はいさめられると思いますが、権力構造の中では誰もそれをしないんです。それどころか、権力者の許可の下で平然と多くの人が行うこともあります。

―スポーツって何だかとんでもない世界のように思えてきました。

まあ、スポーツ人口から考えると、本当にごく一部なんですけどね。ただ、そういう世界があることは知っておくべきですし、指導者になる人は、そういう環境で指導されてきたからそれが指導法やよい環境だと考えている人もいるということです。権力のあり方や使い方をよく考える必要がありますね。

スポーツのパワハラが訴えられるようになったのはなぜ?

窓の外を見る弁護士

―スポーツのパワハラが最近になって告発されることが多くなってきたのは、どういう理由があるとエーイさんは思いますか?

そうですね、先程酒井君が言ったようにSNSなどの告発に使える武器ができたことはあるでしょうね。加えて、証拠集めにスマホなどが使えるようになったこともあるでしょう。でも何より、人権に対する考え方が変わってきたからでしょうね。

―人権に対する考え方ですか?ちょっと難しく聞こえますが。

例をあげるなら、LGBTであったり、「#Me Too」などがいい例でしょうね。今までは社会の雰囲気などをはばかって公言できなかったものを、堂々と告発することで社会を変えようというムーブメントが見られるようになっています。スポーツ界にもそういう雰囲気があり、かつメディアがそれを後押ししています。

―なるほど、エーイさんが最初に仰っていた「社会的意義」ですね。

ええ。私見にはなりますが、これに加えて「スポーツ選手の高学歴化」などもあるのかなと思っています。

―へ?「スポーツ選手の高学歴化」ってどういうことですか?

昔と比べ、今はスポーツ選手も比較的裕福な家庭で幼少の頃から良い教育を受けている人が増えてきているんです。格差と言ってもいいのかもしれませんが、こういう中で、昔のスポーツ選手と比べ、文武両道というか、その分野以外のこともよくできる人が増えています。

―それがどうしてスポーツのパワハラの告発と結びつくんですか?

単純に言えば、パワハラがあった場合に泣き寝入りするのでなく、法や弁護士、メディアなどに訴えるという手段を行使する能力があるということです。普通は学校などの所属組織に訴えるのが精一杯だと思うんですが、本人や親の見識が開けていることで、そういう選択肢が取れるようになるんですね。

―なるほど、それが高学歴化の影響だとエーイさんは考えているんですね。

はい。スポーツには労基署のような第三者組織があれこれ指導してくれることも少ないですし、また小さな枠の中で物事が完結しやすいです。しかし、年代の若いうち、また現役の選手のうちからこういう考えを持てる人が増えたことで、今までの枠が壊れようとしているのではないでしょうか。

今後、スポーツ界のパワハラは減っていく

叫ぶ男性

―こういった告発が、アメフトやレスリング、ホクシング、駅伝、体操、水球など、様々なところで出ていますが、今後スポーツ界のパワハラは減っていくと思いますか?

はい、きっと減っていくんじゃないかと思います。スポーツ分野の体罰や暴力に対してペナルティがつくように指導者のライセンス制度なども整備されていくはずですし、もうこの件に関しては完全に空気が変わったと言っていいかもしれません。

―じゃあ、安心できるということでいいんですね?

いいえ、安心はまだまだ先です。企業でパワハラがなかなか減らないように、スポーツの世界にも結局は「お金」などのパワハラの原因が残っています。そのため、わかりやすいパワハラは減っても、結果的に権力構造が生じやすい状況は変わらず、グレーなものは残ると思います。

―じゃあ、どうしたらいいんでしょうね?

まずはスポーツのパワハラに対する意識が全体的に大きく変わることと、指導者たちへのリベートや接待を厳しく罰すること、そのかわりに指導者たちの地位や報酬などをより良くすることなどが必要でしょうね。結局、これって企業の人事と同様なんですけど。少なくとも、ボランティアで頑張っている鬼コーチが良い指導者っていう考えは変えて、しっかり勉強しているモラルある指導者に報酬が集まる仕組みを作ることが必要でしょうね。

―なるほど。確かに、部活動の顧問などの問題でも「仕事ばかり増える」「やり甲斐搾取」など批判があります。待遇改善によって変わる状況もあるかもしれませんね。エーイさん、今日も面白いお話をありがとうございました!

スポーツ界のパワハラ発覚が増えたのは人権意識の変化にある

スポーツ界でのパワーハラスメントの発覚が増えているのは、人々の人権意識の変化が背景にあると言えます。近年、個人の権利と尊厳を尊重することが重視されるようになり、従来の上下関係に基づく慣行が問題視されるようになっています。この変化がスポーツ界にも浸透し、パワーハラスメントの告発が増えてきたのです。

スポーツ界におけるこの傾向は、他の業界におけるパワーハラスメントや人事管理のあり方にも影響を与える可能性があります。社会全体でパワーハラスメントをなくすための取り組みが進むことが予想されます。この問題を考える際には、さまざまな視点からアプローチすることが重要です。