裁量労働制はメリットを正しく知ってこそ活かされる

裁量労働制のメリットを十分に活かすことが働き方改革の議論の中でも出ていますが、裁量労働制はメリットを損なう形で運用されていることが少なくありません。正しい制度の在り方とメリットを労使の双方が理解することが大切です。

裁量労働制はメリットを正しく知ってこそ活かされる

今、改めて確認しておきたい正しい裁量労働制

働き方改革についての議論が国会やメディアでは活発に行われていますが、その中で既存の労働制度の運用なども脚光を浴びるようになりました。その中のひとつが裁量労働制ですが、時には「定額働かせ放題」などと揶揄され、本来持っているメリットが十分に活かされていないと言われています。

働き方についての関心が高まっている大学生の酒井君は、知人の経営コンサルタントのK・エーイ氏との会話の中で、裁量労働制について改めて考える機会を得ます。一緒に裁量労働制についてのメリットを考えてみましょう。

裁量労働制は自由な働き方を可能にするもの

―エーイさん、ちょっといいですか?

どうしたんですか?

―エーイさんは、よくこうやって僕の質問などに付き合ってくれるのですが、お仕事はいつしてるんですか?今は平日の午前中ですから、仕事してなきゃいけないんじゃないですか?

あははははは。ちゃんと他の時間にやってますよ。私はフリーランスですから、特に労働時間に決まりはないだけです。もっとも、独立する前の会社でも裁量労働制でしたから、あまり労働時間は気にしてませんでしたが。

―裁量労働制?何だか聞いたことはありますが、意味はわからないです。どんな制度なんですか?

裁量労働制というのは、単純に言えば「労働者が労働時間ではなく、労働者の裁量で仕事の時間や働き方を決めて良いという制度」です。労働による成果を時間や場所ではなく、仕事量などに置くことによって自由な働き方を可能にすることが目的の制度と言えますね。

腕を組む男性とTIME&MONEYのバランススケール

―つまり、今のエーイさんみたいに時間にあまり縛られず、求められる成果を出していれば大丈夫っていう制度なんですね。

そういうことです。さすがに労働時間が決まっている会社で同じことをしてたら、酒井君に会っていることがバレただけで怒られるでしょうね。

裁量労働制は一部の職種で適用することができる制度

―でもエーイさん、裁量労働制っていいですね。つまり、満員電車に乗って通勤したりする必要もなければ、その日の仕事が終わったら時間によらず帰っていいってことですよね?

そうですね。もっと言えば、「今日は気分が乗らないから明日やろう」みたいなことも良心の呵責を感じずにできます(笑)。

―え?そんなのもいいんですか?

はい。そのための制度ですから。…まあ、そのためのっていうのは言い過ぎですけど、裁量労働制は基本的に専門性の高い職種(※)やホワイトカラーの仕事(※2)のための制度ですからね。

中腰で書き物中の男性クリエーター

―あれ?誰でも使っていい制度ではないんですね。

そうです。裁量労働制っていうのは、労働の成果を求められる仕事ができたかどうかで考える制度です。たとえば工場などでは、ほとんど機械化されていますから、一定の時間働けば、一定の仕事量がほぼ計算できるんです。そういう中なら仕事の成果はほぼ労働時間(工数)で考えて差し支えないです。

―ふむふむ。

しかし、研究開発職や企画に関する仕事などは、かけた時間とアウトプットが一致するとは限りません。すぐ終わる場合もあれば、なかなか終わらない場合もある。だから、労働時間ではなく仕事量そのもので成果を考えるんです。

―なるほど。だから「気分が乗らないから明日」でも問題ないんですね。締め切りさえ守れば。

そういうことです。また、こういう仕事って頭脳労働ですから、モチベーションやスキルが仕事の質や速度に大きく影響するんですよ。だからこそ、労働者に仕事の裁量を与えて自分で仕事を管理させるんです。

―なるほど。そう聞くと、裁量労働制って確かに利にかなった仕組みだと思えますね。残業代も抑えられて企業にもメリットがありそうですし、個人にもメリットがたくさんありそうです。

(※専門業務型:研究の業務、情報処理システムの分析や設計、取材または編集、デザイナー、プロデューサー・ディレクター、コピーライター、公認会計士、弁護士、不動産鑑定士、弁理士、システムコンサルタント、インテリアコーディネーター、ゲーム用ソフトウェア開発、証券アナリスト、金融工学による金融商品の開発、建築士、税理士、中小企業診断士、大学における教授研究専門業務型)(※2企画業務型:事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析にあたる業務)

裁量労働制は個人へのメリットがたくさんある

そうですね。裁量労働制は個人には大きなメリットがたくさんあるんです。

―裁量労働制のベテランであるエーイさんとしては、どういったものがメリットだと思いますか?

まず、先ほども挙げたように「自由な働き方ができる」ことが一番ですよね。仕事の時間や場所などに縛られる必要がありません。そして、うまくやれば効率よく時間を使えるので「モチベーションも高まる」のがメリットです。

カフェで仕事をする男性

―おかげさまで僕も恩恵を受けています。ありがとうございます。他にもありますか?

はい。裁量労働制の多くは、仕事による成果は個人の能力に依存するケースが多くなります。そのため、スキルアップやソフトウェアなどの設備投資をしっかり行えるほど仕事もどんどん効率が良くなるんです。

―おお、自己投資のし甲斐がありますね。

まさにそうですね。それで自由にできた時間で家族との時間をもってみたり、新たなビジネスチャンスにチャレンジしてみたりできます。私も仕事の傍ら独立準備をしていたものです。

―へえ~。そう聞くと裁量労働制で働きたくなりますね。

まだまだあります。たとえば、会社で仕事をしていると「せっかく書類作成がノッてきたのに、退社時間になったので帰らないといけない」ということは頻繁に起こるんです。こういう時に裁量労働制なら、ノッている時にどんどん仕事を進めることもできます。

―おお!それはとても効率的です!大学でもレポートや論文を書いてるとそういう時がよくあります。裁量労働制は、個人で仕事をすることを考えた時にはとても働きやすそうですね。

裁量労働制がもたらす企業へのメリットも大きい

効率良く仕事をこなす男性のイメージ

それに裁量労働制は、企業に対してもメリットが大きい面があるんですよ。

―やっぱり、残業代のことが大きいですよね。

そうですね。やはり一番メインになるのは「残業代の抑制」でしょう。何せ、普通に労働時間を考えていたら成果が確実でないものに残業代を支払うことになりますからね。

―他にも企業へのメリットはありますか?

裁量労働制をしている人が起爆剤となって、全体的に生産性の向上が見られることも多いですね。いわゆる「作業」に該当する仕事って、計算しやすい分遅れも生じにくいんです。トラブルが生じない限り、仕事が遅れてしまう原因の大部分ってホワイトカラーの仕事で詰まってしまうからなんですよね。

―なるほど~。確かに「決めてくれないとできない」仕事ってたくさんありますよね。裁量労働制は意外に広い範囲に影響をもたらすんですね。

今は産業構造上、日本ではホワイトカラーの比率が高まりつつありますから、裁量労働制などを改めて見直してみるのは生産性の向上を考えた時にはメリットが大きいかもしれません。ただ、裁量労働制のメリットを十分に活かすためには労使の双方が制度をよく理解する必要があります。

裁量労働制を労使双方がよく理解しなくてはならない理由

―裁量労働制って、聞いているだけでもメリットが多いですし、どんどんホワイトカラーには導入していけばいいんじゃないんですか?

そういう風に考えていると、おそらく裁量労働制は失敗に終わります。実際、裁量労働制をうまく導入できている企業は多くないんです。

―ええっ?そんなに難しいことは無さそうなんですけど。

酒井君、大学の学部生がレポートを書いたり、研究をしたりというのはホワイトカラーの仕事に近いと思うのですが、誰がそれを要求しますか?

―当然それは教授や講師などからです。

そうですよね。それを断ったら単位がもらえないですよね。でも、教授や講師が求めてきたレポートの量や質が、大学院生レベルのものばかりを求められたらどうですか?

―無理じゃないですか、そんなの。

そうでしょう。日本の企業では、割とそれに近いことが起こってるんです。低賃金でたくさん仕事をしてほしい企業が、過剰な量や質の仕事を求めることで裁量労働制が悪用されることがあります。

過剰な量の仕事を与えらるイメージイラスト

―そんなのひどすぎるじゃないですか!

ですから裁量労働制では、仕事量の評価がひとつのポイントで、またその仕事をするなら大体どのくらいの時間がかかるかという見積りが大事なんです。これをまず見積ってから、労使協定を結ぶ必要があります。

―じゃあ、労働者側にも無茶な要求なら拒否する権利があるんですね。

ただし、ここでいう労働者というのは労働者の代表であり、普通は労働組合の代表なのですが、労組が無い会社だと労働者の過半数を代表する人となっています。しかし、この代表になる人について、会社側が都合の良い人を選んで送り込んだりするケースも多いんですね。

―こういう話を聞くと、何だか社会って怖いって思っちゃいますね。

その結果、労働者にとって不利な条件の裁量労働制が決まってしまったり、自分では相談もされず意見する場もなく、気づけば制度が適用されていて不当な労働を強いられることもあるんです。日本人って、「会社のための」コストカットって言われると逆らえない人も多いんですよね。

―でも、そう決まってしまった場合ってどうしようもないんじゃ…。

そう思われがちですが、そんなこともありません。裁量労働制とは言え、労働法によって管理されている内容ですので、問題のある運用などがあれば労基署などに言えば間違いなく指導・改善の対象になります。しかし、それを知らずに泣き寝入りしている人も多い実情があります。内容によっては残業や休日出勤の割増賃金も請求できるんです。

―労働の制度ってちゃんと知らないと大変な損をしてしまうんですね。

また、企業側も悪気はなくとも、仕事量の見積りを間違ってしまった結果、労働者に多くの労働を強いてしまって労働問題になってしまったり、またコストカットに目がくらんで実際の生産性や、労働者の健康や生活には配慮が無いこともあります。ブラック企業でなくともこういうことはよくあるんです。

―なるほど。だから、労使の双方に正しい理解が必要なんですね。会社に「裁量労働制でやっています」と言われたら、それに従ってとにかく頑張らないといけないのではなく、変だと思ったら声をあげる必要があるんですね。

裁量労働制への期待が再び高まっている

でも、今は裁量労働制への期待が再び高まっている時でもありますね。やはり、いろんな状況の人が労働に参与しやすくなりますし、今はホワイトカラーの仕事も増えていて、その中で対象職種の拡大もよく話題になっています。

―じゃあ、裁量労働制は今後広がっていく可能性が高いんですね。

そういうことになりますね。テレワークなども政府は推進していますが、テレワークこそ裁量労働しかないような働き方です。

―でも、ちゃんとメリットを受けられるようにするにはしっかりと知識がないといけないんですね。

はい。まったくその通りです。今も「高度プロフェッショナル制度」や「みなし労働時間」など、働き方に関する議論はさかんに行われていますが、制度を知るだけでなく、制度の中に隠れている働き方に対する考え方を知ることが大切だと思います。

―制度を知るだけではダメなんですか?

はい。制度は考え方を形にしたものであり、悪用を防ぐためにあるものです。その制度が本来何を達成するためにあるのかを考えないと、制度そのものを悪者と考えがちです。裁量労働制も「定額働かせ放題」とか言われましたが、そういう制度だと思うとそうなるしかありません。しかし、裁量労働制の目指すところをわかってこそ、異常にも気付き、必要なところに訴えることもできます。

ホワイトカラーの男性の肩に手を置く年配の経営者

―労働に関する法律や制度って難しそうで、ついつい敬遠してしまいますが、考え方がわかってくると法律や制度もなるほどって思えますしね。

そうです。裁量労働制が適用されるなら、そのメリットが出てくるような働き方を考えないといけませんね。酒井君も、こうして時間出しているんですから、私にちゃんとメリットくださいね(笑)。

―そんな~!それこそいくら時間かけても終わらない難題ですよ!でも、裁量労働制についてそのメリットがよくわかりました。制度は長所が活きるように使っていきたいですね。ありがとうございました!

裁量労働制はメリットを理解して正しい運用を

裁量労働制は、一定の専門職種やホワイトカラーの業務に取り組む人に、仕事の裁量を与えて労働時間や場所などに自由を与える制度です。自由に時間が使えることや、生産性の向上が見込めるなどメリットも多いのですが、正しい制度の形を労使双方が知らないと悪い形で運用されることもあります。正しい知識をもとに、労使双方がメリットを受けられる運用を目指しましょう。