タイの洞窟での救出事件に一喜一憂した人は多いはず
2018年の6月23日に、タイの少年サッカーチームのコーチ1人、少年12人の計13人が、タイ北部のタムルアン洞窟に閉じ込められてしまい、その後救出されたというニュースは、その経緯が詳しく伝えられたこともあり、多くの人がテレビなどの前で一喜一憂したことと思います。こうした誰もが知るだろうニュースは、時事問題の格好のテーマとして扱われます。
就活サークルを運営する酒井君は、このタイの洞窟事件についてもサークルで議論をしたいと考えています。議論のポイントについて知人の経営コンサルタントのK・エーイ氏に尋ねてみました。
タイの洞窟で遭難した少年たちの救出事件は何が注目を集めたのか
―エーイさん、おはようございます。今度、サークルでタイの洞窟で遭難した少年たちの救出事件について議論をしようと思うんですが、どんな議論をしたらいいですか?
おはようございます。酒井君、かなりそれって大雑把な質問じゃないかな。それじゃあ、こちらも答えにくいんですが。「どんな議論をしたらいいですか?」だと「何でもいいんじゃない?」としか言えませんよ。
―そんな~。時事問題としてテーマに使えそうだなと思ったんですけど、議論になりそうな内容がわからなくて困っているんです。せめて方向性だけでも。
仕方ないですね。たとえば、今回の事件は何が注目を集めたと思いますか?
―え?そりゃあ、タイの少年たちの大救出劇の後に訪れたハッピーエンドじゃないですか?
それは終わってからの話ですよね。途中経過の段階で、報道もどんどんヒートアップしていたと思います。
―うーん、じゃあ、どうしてこんなに注目されたんだろう。世界中には他にもこうしたトラブルや救出劇って多分あるんでしょうしね。
時事問題として考えるなら、そういうちょっと答えをみつけにくい部分から考察してみるのも一つの方法ですよ。じゃあ、まず事件のあらましから確認して、少しずつ考えてみましょうか。
タイの洞窟で遭難した少年たちの救出事件の経緯
今回の事件は、2018年の6月23日にタイ北部のチェンマイ地方にあるタムルアン洞窟に、少年サッカーチームのメンバーとコーチが入っていったまま行方不明になったというところがスタートです。このタムルアン洞窟は地元では恐れられている洞窟だったんですよね。
―タムルアン洞窟はホラースポットみたいな扱いでしたよね、確か。でも、ダイバーたちには非常に神秘的な光景を見ることができる人気スポットだったとも聞いています。実際、写真や映像がとても美しかったですね。
そんな洞窟に入って、メンバーの誕生日を祝ったという話だったのですが、困ったことに雨季だったために大雨によって水位が上がり、出入り口を含む洞窟内の大半が水没。装備なしには脱出が不可能な状況になってしまったわけです。
―状況的には絶望的というか、祈るしかない感じですね。
そんな中で、まずは現地の報道陣や捜索部隊、ボランティアが捜索を開始。ただ、大雨などの影響でなかなか捜索が実を結びません。こうした情報を聞きつけて、世界中からダイバーや緊急救命の専門家が集まり始めます。
―こうした状況の中で動きが早いというか、流石に専門家たちだなと思いますね。どこかから依頼などもあったんでしょうかね。
現地では、毎日少しずつではありますが、少年たちの靴やその他の用具が見つかったりして、不安はあれども希望もあるという状態が続いていました。
―日本でもこのあたりから少しずつ報道がされてきた気がします。SNSでもどんどん情報が増えていきました。
そして、行方不明になってから9日後の7月2日、ダイバーたちによって少年たちとコーチの全員無事が確認されたのでした。
―これは大きなニュースとなりましたよね。
はい、そうでしたね。しかし問題はこれから。発見された場所は入口から約4kmの岩棚で、そこからの救出・脱出の方法は困難を極めるということでした。
―でも、発見できたんなら連れて帰ればいいんじゃないですか?
陸地ならそうですよね。しかし今回のケースでは、複雑に入り組んだ洞窟内を、潜水しながら進む必要があり、拠点までは最低でも3km以上。距離も長い上に経路も難易度が高く、しかも泥水などによって視界も悪く、ましてや装備もなく10日近く食事もできなかった少年たちがとても生還できる状況ではありませんでした。
―よく生きていたと誰もが思って安堵しましたが、さらに困難な問題があったんですね。
はい。そして、このタイの洞窟からの救出作業中に、救出作業に携わっていたダイバーが一人命を落としてしまったということも事態の深刻さを語るものでした。プロのダイバーですらそうなのに、素人の少年たちが皆無事に戻れるのだろうかと。
―現場の落胆の雰囲気は考えるだけでもゾッとしますね。
また、生存は確認できたものの、洞窟内の酸素濃度が低下していることで救出が急がれる状況や、また大雨の影響による救出部隊の安全確保など様々な問題がありました。洞窟から脱出可能な状況を作るには数ヶ月必要とも言われました。最終的には状況が最適と判断された7月8日に、集中的に救出活動が開始され、数人ずつ救出されていき、7月10日には全員が救出されるようになりました。
―経緯をさかのぼってみても、本当に信じられないような洞窟からの救出劇でしたね。亡くなられたダイバーの方がいたのは残念ですが、考えうる限りの一番良い形で終えられてよかったなぁと思いました。
タイの洞窟に閉じ込められた少年たちを救うにはSNSがなければ難しかった
このタイの洞窟で遭難した少年たちの救出事件が注目された背景として、私はSNSがあったんじゃないかと思います。
―SNSですか?確かにSNSでニュースはよく目にしましたけど。
はい、SNSによって経過が逐一シェアされていったということはもちろん、マスメディアによる報道以上に、現地の救出を願う真摯な気持ちや、世界中からの応援の声が伝えられたことが大きかったんじゃないかなと思います。
―少年たちが洞窟から救出に成功した時などはすごい数の情報や「いいね」が回っていましたよね。
そうですよね。おそらく、今までであればタイでこうした遭難事件があっても、世界的なニュースにはならなかったと思うんですよね。今回はSNSの力によって支援の輪が大きく広がったことが救出を後押しできたひとつの力になったと思います。
―確かに、国の人材や設備だけでは難しかったとしていましたものね。
臨場感のある形で世界中が経過を固唾を飲んで見守ることができ、必要な能力のある人が現場に駆けつけることができたというのはSNSのおかげじゃないかなと。
―そうですね。確かにどこからこんなに専門家が集まってきたのか不思議なくらいでしたし。
結果的に洞窟からの救出も成功しましたし、十分かはわかりませんが事件の収拾のための支援もたくさん集まったと聞きます。サッカーのワールドカップ決勝戦への招待が少年たちにあったという話もありましたが、残念ながら回復状況が追いつかなかったようですね。
タイの洞窟に少年たちが閉じ込められた事件が見せたのがタイのお国柄
このタイの洞窟に少年たちが閉じ込められた事件を時事問題として考える時、議論してみると面白いんじゃないかと思うポイントに、タイの「お国柄」があります。
―タイのお国柄?この事件と何か関係があるんですか?
タイの報道などの姿勢って、日本や欧米諸国と全然違ったみたいなんですよ。ちょっと不謹慎かもしれませんが、そこも面白いなと感じましたね。
―たとえばどんなところですか?
たとえば、タイの国王や知事の記者会見などがそうです。日本で記者会見といえば、状況の説明などがあった後に、記者たちの質問の時間があって、厳しい質問も飛び交ったりしますよね。タイではこうした状況の際には、説明を聞くだけで終わってしまうそうです。
―でも、それじゃあ肝心なことがわからないんじゃないですか?
実際、洞窟に閉じ込められていた少年たちの無事が確認されたときも、少年たちの様子について細かい情報はありませんでしたし、洞窟に入った動機なども不明でした。記事を作る立場からすると困ることこの上ありません。
―本当ですね。何か情報統制でもされてるのかと心配になりますね。
しかし現地の人に言わせれば、「救助に前向きになるべき時に批判的な内容を持ち込まない」という暗黙のルールがあるみたいなんですね。ジャーナリズムとは真実を追求するべきで批判も厭わないという態度が普通である国々からは考えられない対応です。
―タイはやさしいお国柄なんですね。
そして、少年たちが救出されたときも報道陣はほぼシャットアウトで、さらには家族に対しても「取材は控えめに」と政府から念を押されたと言います。多くの報道陣は肩透かしというか、欲しい絵が撮れなかったと思いますが、他者への配慮を大事にする国民性なんでしょうね。
―最近の日本では、何かあったときに煽ってでもコメントを引き出そうとする様子が記者会見で多く見られましたから、えらい違いですね。注目を集める事件だからこそ、報道側もそのようにするんでしょうけど、そういう行為はきっとタイでは国民感情的に受け入れられないんでしょうね。
少年たちと一緒にいたサッカーチームのコーチは英雄?それとも問題?
洞窟に少年たちが閉じ込められた事件は無事収束しましたが、酒井君は今回の事件で、少年たちと一緒に洞窟に閉じ込められたこのコーチについてどう考えますか?
―コーチですか?子どもたちを10日以上も導いて生きながらえさせていますし、全員が無事に脱出できた立役者じゃないかと思います。
そうですね。そういう観点から英雄視する見方もあると思いますが、日本ではおそらくそういう見方は少数派じゃないかと思うんですね。むしろ、そもそも何でこんな時期に少年たちを洞窟に行かせたのかという責任問題の方が大きくなるでしょうね。
―なるほど、言われてみるとそんな気がしますね。
洞窟に入った動機がサッカーチームのメンバーの誕生日を祝うためなら、お店でもどこでも良かったはずです。コーチの安全管理に対する判断のまずさが、世界的な大騒動につながってしまい、死者まで出してしまったという見方もできるわけです。
―さすがにそう言われてしまうと何も言えません。
まあ、意図的に同行したのか、結果的に同行したのかもわからないですし、天候も完全に把握できるものではありませんので絶対とは言えないですが、管理上のミスはあったのではないかと思います。ただし、その後に食料配分や周囲への声かけで見せたリーダーシップなどは賞賛されるべきでしょうね。
―このコーチは元僧侶だったということもあって、精神的に強かったのではないかという話もありますよね。
そうですね。精神を落ち着ける、信じるということに関して非常に強い人だったということが不幸中の幸いだったなという感じですね。こうした要素なしには全員生還は難しかったでしょう。
―ダイビングによっての帰還は専門家でも難しいルートだったと言われていますしね。
ただ、面白いのはタイではこのコーチを責める声ってほとんどないそうです。「誰かの責任を追求するより、弱った人、困った人を助けるのが当たり前」という文化なんですって。
タイの洞窟で遭難した少年たちの救出劇が見せた美しい世界は語り継がれる
―このタイの度鬱屈で遭難した少年たちの救出事件は、本当に奇跡的な脱出劇として長く語り継がれそうですよね。
そうですね。困難な状況から全員が助かったということもありますし、事件を通して「美しい世界」とでも言うんでしょうか、そういうものを皆が見ることができたことも、大きなカタルシスになったのではないかと思います。
―「美しい世界」ですか。何となく言わんとしていることはわかりますが、どういう部分をそう思うんですか?
まずは洞窟に入った動機が仲間の誕生日を祝うという理由だったこと。納得できない大人もいるかもしれませんが、その洞窟の美しさを見るとわからなくもないなとも思います。
―それに、真っ暗な洞窟に入るって子供心にはちょっとした冒険みたいでワクワクするでしょうしね。他にもありますか?
次に、多くの人の助けの手が世界中から差し伸べられたこと。少年たちやコーチに対し、原因や責任を追求する声よりも、無事を願い祈る姿が多く広がったということ。
―SNSがそれを助け、世界中から高い関心を示されるようになりました。
さらに、無事が確認された時に、少年たちから家族を気遣うコメントもあったこと。また少年たちが冷静さやチームワークを失わず、高い精神性を見せてくれたことですね。
―極限状態の中でも、人は仲間を大事にできるってことですよね。
はい。そして、洞窟からの救出作業に際して危険を顧みず多くの人が関わってくれたこと。死者が出てしまったことは残念でしたが、誰もがその人のために胸を痛めてくれ、その功績をたたえてくれました。悪いニュースが飛び交いがちな昨今ですが、いろいろな面で人間の美しさを見せてくれた出来事だったんじゃないかと個人的に思っています。
―それが「美しい世界」ということなんですね。無事で良かったのはもちろんですが、議論をする中でいろんな発見がありますし、このタイの洞窟で遭難した少年たちの救出劇は、情報をよく振り返ってみることが大切ですね。エーイさん、今日はとても勉強になりました。サークルでの議論、頑張りたいと思います。
タイの洞窟で遭難した少年たちの救出劇はあなたにどんな意味がありますか?
タイの洞窟からの救出劇は、長く語り継がれるだろう事件になりました。人によって感じ方や捉え方は様々ではありますが、自分にとっての意味や感想を掘り下げることが時事問題への理解を深くするキッカケになることがあります。ひとつの外国のニュースとして終わらせず、自分や社会への影響について考えてみてはいかがでしょうか。